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東京地方裁判所 昭和60年(レ)113号 判決 1985年12月10日

控訴人

佐々木喜代志

右訴訟代理人弁護士

八木良和

被控訴人

南部政信

南部すみ子

右両名訴訟代理人弁護士

井田邦弘

中野允夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人らは、昭和五五年七月一日、控訴人に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、期間五年、賃料は一か月金六万五〇〇〇円(同五八年一月一日以降金七万七〇〇〇円)とし、毎月末日限り翌月分を支払うとの約定で貸し渡した(以下「本件契約」という。)。

2(一)  ところが、昭和五五年一〇月一六日及び同五七年一一月一七日の二度にわたつて、本件建物から出火したことから、被控訴人らは控訴人に対し、本件建物の明渡しを求めるとともに、東京地方裁判所八王子支部に対し仮処分の申請をした。

(二)  しかし、控訴人が二度と出火しないよう配慮するとの意向を示して本件契約の継続を強く求めたので、結局、昭和五七年一二月二四日、右仮処分申請事件において、控訴人と被控訴人らは裁判上の和解をし(以下「本件和解」という。)、本件契約を継続することとしたが、本件和解条項中に左記の条項(以下「本件条項」という。)を加えた。

「従前の経過に鑑み、控訴人は火災防止に特に留意することとし、万一、控訴人占有部分から出火したときは、本件建物の滅失により契約終了となる場合のほか、被控訴人らは、何らの催告なしに本件契約を解除することができる。」

(三)  本件条項に基づき、

(1) 本件建物から出火した場合には、被控訴人らは、控訴人の責任の有無を問わず、本件契約を解除することができる。

(2) 控訴人は、通常の建物賃貸借契約において賃借人が負う善良なる管理者としての注意義務よりさらに高度な火災発生防止義務を負つた。

3  しかるに、昭和五九年三月二一日午前三時半ころ、本件建物において三度目の火災(以下「本件火災」という。)が起こつた。

4  本件火災は、本件条項に照らし、本件契約の債務不履行により生じたものというべきであり、仮に、そうでないとしても、控訴人の火災防止に対する姿勢や本件火災後の態度からすれば、本件契約における信頼関係は破壊され、これを継続することはできなくなつたものというべきであり、いずれにせよ、被控訴人らは、本件契約を無催告で解除することができるものである。

5  被控訴人らは、昭和五九年四月五日、控訴人に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

6  昭和五九年四月六日以降の本件建物の相当賃料額は一か月金七万七〇〇〇円である。

7  よつて、被控訴人らは控訴人に対し、本件契約の終了に基づく本件建物の明渡し並びに昭和五九年四月一日から同月五日まで一か月金七万七〇〇〇円の割合による賃料及び本件契約解除の日の翌日である同月六日から明渡済みまで右同額の割合による使用損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、3及び5の事実は認める。

2  同2の事実について、(一)は認め、(二)のうち控訴人と被控訴人らとの間で本件和解が成立したこと及び右和解条項中には本件条項が存在することは認め、その余は否認する。(三)は否認する。

3  同4は争う。

(4 同6の事実は明らかに争わない。)

三  抗弁

1  控訴人は、次のとおり善良な管理者としての注意義務を尽した。また、仮に加重された注意義務を負つていたとしても、右注意義務も尽した。

(一) 控訴人は、本件建物を洋服店として使用していたが、出火当時は閉店し、本件建物は無人の状態であつた。控訴人は出火前夜である昭和五九年三月二〇日、午後九時一五分ころ右洋服店を閉めて帰宅するに際し、出入口に施錠のうえ、シャッターを下ろしこれにも施錠した。

(二) 本件火災は、何者かが施錠されたシャッターの郵便受口又はシャッター下部の隙間から放火したことにより発生したものであり、控訴人にはかかる放火まで防止すべき義務はない。

2  請求原因2(三)(1)のごとき内容の特約は、建物賃借人にとり著しく不利益であるから無効である。

3  控訴人は、被控訴人が賃料の受領を拒絶したので、昭和五九年四月分以降の賃料を供託している。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1の事実について、(一)は不知、(二)は否認する。仮に、本件火災が、何者かがシャッターの郵便受口又はシャッター下部の隙間から放火したことにより発生したものであるとしても、控訴人には、夜間無人のときは、シャッター付近の可燃物を取片づけておくべき義務があつたのにそれを怠つた過失がある。

2  同2の主張は争う。本件和解成立の経緯に鑑み有効である。

3  同3の事実は否認する。控訴人は賃料の提供をしていない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、3及び5の事実は当事者間に争いがなく、同6の事実は控訴人において明らかに争わないから自白したものとみなす。

二1  請求原因2の事実について、(一)は当事者間に争いがなく、(二)のうち控訴人と被控訴人らとの間で本件和解が成立したこと及び右和解条項中には本件条項が存在することは当事者間に争いがない。右争いのない事実に<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件建物は、被控訴人ら所有の三階建ビル(以下「本件ビル」という。)の一階にあり、本件ビル一階部分には他に被控訴人らが使用する倉庫と便所が存在する。被控訴人らは、昭和五五年七月一日、控訴人に対して本件建物を賃貸して引渡し、それ以来、控訴人はこれを洋服店として使用し、右便所も控訴人だけが使用していた。ところが、同年一〇月一六日及び同五七年一一月一七日の二度にわたりいずれも、深夜、右便所付近から出火し、本件建物の一部も焼けたが、大火に至らず消し止められた。しかし、いずれの場合も出火原因は不明であつた。

(二)  二度に及ぶ出火により控訴人に対して不信感を持つに至つた被控訴人らは、右出火を理由として控訴人に対して本件建物の明渡しを求めるとともに、東京地方裁判所八王子支部に対し仮処分の申請をした。

また、本件ビルは東久留米駅の駅前商店街の中に存在し、付近には商店、住宅が密集していたことから、付近住民の不安感も大きく、三度目の火災を出さないよう火災報知機を設置するなど防火設備を万全にすること等の要望が、右駅前自治会及び商店会の名で、控訴人及び被控訴人らに対してされた。

(三)  前記仮処分申請事件においては、控訴人が本件契約の継続を強く望み、今後火災には十分注意すると申し述べたこともあつて、交渉の結果、昭和五七年一二月二四日、本件条項を契約の内容に加えて、本件建物の賃貸借を継続することで裁判上の和解が成立した。

2  本件条項は、右のとおりの経緯で締結されたものであつて、わずか二年間の間に二度にわたつて控訴人が占有していた部分から深夜出火し、いずれの場合も出火原因が不明であつたことによる被控訴人らの控訴人に対する不信感及び自己の財産の安全に対する危惧感並びに付近住民の不安感を背景として締結されたものと解され、したがつて、本件条項は、火災に関し、通常の賃借人が負う善良な管理者としての注意義務を確認したに過ぎないものではなく、賃借人である控訴人に対し善管注意義務よりもさらに高度な火災発生防止義務を負わせたものと解するのが相当である。

三ところで、被控訴人らは、本件契約の解除原因として、本件条項に定める義務違反ないしは信頼関係の破壊を挙げているものと解されるところ、これらについて検討する。

1  <証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  控訴人は、本件和解成立後も本件建物において洋服店を経営していたが、被控訴人らの要求により前記便所の使用を止めて本件建物から右便所への出入口をブロック壁で塞ぐとともに本件建物の内壁を不燃性にし、消火器を設置した。

(二)  控訴人は、本件火災前夜の昭和五九年三月二〇日は午後九時一五分ころ、店を閉めて本件建物を離れたが、その際には、本件建物の西側にある出入口を施錠し、右出入口及びその左右のショーウインドーの外側に設置された二枚の鉄製シャッターを下ろしてこれにも施錠した。

(三)  本件火災は、昭和五九年三月二一日午前三時三〇分から四〇分ころ、本件建物西側のシャッターと西側ショーウインドーの間の床面上に設置されたエアーコンディショナー室外機の木製枠から出火し、本件建物内部及び本件ビル一階の被控訴人らが使用中の倉庫の天井の一部を焼毀した後鎮火した。

火災原因は、何者かがシャッターに存在した郵便受口又はシャッター下部と床面の間の隙間から火の付いた物を投入したために、前記エアーコンディショナー室外機の木製枠に着火し火災に至つたものと認められる。

(四)  控訴人は、(二)のとおり本件火災の前夜午後九時一五分ころ本件建物を離れ、その後商店会の会合に出かけたが、本件火災が発生した当時の所在はまつたく不明であり、控訴人自身も本件火災当日の午前二時半すぎころ、何者かに路上でいきなり殴打され気を失つていた等と説明するのみで、火災当時の所在を明らかにできない。

(五)  控訴人は火災鎮火後も、火災がおきたことを聞き及んでいたにもかかわらず、直ちに本件建物の様子を見分することもなく火災発生の翌日である昭和五九年三月二二日から同年四月四日まで、前述のように何者かに殴打されて打撲傷を負つたことや急性気管支炎等を理由に入院し、退院後まで火事について被控訴人らに対して何らの連絡もしなかつた。

しかし、控訴人の病状は、病院の許可を得て長時間外出することもできる程度のものであつた。

2  右(一)及び(二)の事実によれば、控訴人は一般に賃借人が尽すべき善良な管理者としての注意義務を尽しているようにも見受けられ、火災原因が前記(三)で記載したとおり何人かの放火によるものと認められるところからしても、解除を認めることは控訴人にとり酷であるかのようにも思われないではない。

しかしながら、火災原因にかかわるシャッターに存在した郵便受口又はシャッター下部と床面との間の隙間を、夜間不在の際、塞ぐことは必ずしも因難とはいえず、また、エアコンディショナー室外機の枠を不燃物に取り替えることも因難とは考えられないところであり、このことに、控訴人本人尋問の結果(原審)により認められる、昭和五七年に商店会などから要望されていた火災報知機の設置も本件火災までは未了であり、本件火災後ようやくこれを設置したこと及び<証拠>により認められる、控訴人が本件和解成立後も昭和五九年三月一四日ころまでは夜間不在の際にも本件建物のシャッターを閉めることもしておらず、その後になつてやつとこれを閉めるようになつたこと、といつた控訴人の火災防止に対する無責任とも見られる姿勢を合せ考えると、控訴人が先に二2で述べた高度な火災発生防止義務を尽しているかには疑問の余地があるといわざるを得ないばかりでなく、前記(四)及び(五)に記載した本件火災当時及びその後の控訴人の行動は、被控訴人らが控訴人に対し抱いていた従来からの不信感を一層募らせるに足るものであると解され、これに前記二1記載の本件条項が締結された経緯及び本件和解成立後わずか約一年四か月後に三度目の出火が起きたという事実に鑑みると、本件火災及びその後の控訴人の行動により、控訴人と被控訴人らとの間の信頼関係は完全に破壊され、本件契約は、これを継続することが不可能となつたものと認めるのが相当であり、かかる場合には、被控訴人らは、控訴人に対し本件契約を催告なしに解除することができるものというべきである。

3  以上のとおり、被控訴人らによる解除は有効であり、昭和五九年四月五日をもつて本件契約は終了した。

四昭和五九年四月一日から同月五日までの賃料の供託について

1  原本の存在及び<証拠>によれば、控訴人が同年四月二日、同年四月分の賃料を供託したことが認められる。

2  控訴人は、当審において、同年三月三一日及び四月一日に病院の許可を得て外出し、賃料を被控訴人らの自宅に持参したが留守であつた旨の供述をするが、控訴人の他の供述部分(当審)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは自宅とはさほど遠くない別の所で酒屋を営んでおり自宅を留守にすることが多く、控訴人は、右酒屋の所在も含めて右のことを知つていたことが認められ、右事実に照らせば、入院中病院の許可を得て外出した控訴人が賃料を右酒屋に持参せず自宅へ持参することは不自然であり、結局控訴人の右供述は措信するに足りず、他に提供の事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて1の供託は無効であつて弁済の効果を生じないものというべきである。

五以上によれば、本件契約が昭和五九年四月五日解除により終了したことを原因とする被控訴人らの請求はいずれも理由があり、これらの請求をいずれも認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官佃浩一 裁判官小野憲一)

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